明治の日本は、必要な鋼材のほとんどを輸入に頼っていました。そこで政府は、原料から鋼材まで一貫して生産できる製鉄所の建設を決め、石炭の豊富な筑豊炭田に近いことなどから、当時の八幡村(今の北九州市)が建設地に選ばれました。1901年に操業を始めた製鐵所は、創業当初の苦難を乗り越えて10年ほどで大量生産を軌道に乗せ、その後の日本の産業の発展を支えました。
世界遺産の構成資産と見学
2015年(平成27年)に登録された世界遺産のうち、構成資産「官営八幡製鐵所」には、1899年(明治32年)完成の旧本事務所と、1900年(明治33年)完成の修繕工場・旧鍛冶工場が含まれます。修繕工場はドイツ製の鋼材で建てられた国内最古級の鉄骨建造物で、今も製鉄所の機械の修理に使われています。また、製鐵所へ水を送るため1910年(明治43年)に造られた中間市の遠賀川水源地ポンプ室も、別の構成資産として登録されています。いずれも稼働中の製鉄所や送水施設の敷地内にあるため、普段は公開されていません。中央にドームを持つ赤れんが造りの旧本事務所は、八幡東区東田の眺望スペースから外観を見ることができ、ポンプ室も近くの眺望スペースから見学できます。
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