Fukuoka Walk
福岡散策
私たちが拠点とする福岡・博多は、古くから大陸との玄関口として栄えてきたまちです。
このまちの歩みと、ぜひ訪れていただきたい場所をご紹介します。
1History
福岡・博多の歴史
大陸との交流の玄関口から、アジアの拠点都市へ。二千年あまりの歩みをたどります。
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弥生 57年
金印と「奴国」
博多湾の沿岸にあった奴国(なこく)の王が後漢に使いを送り、光武帝から金印を授かったと伝えられます。江戸時代の1784年、志賀島で「漢委奴国王」と刻まれた金印が見つかりました(国宝)。
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飛鳥〜平安 7〜11世紀
大宰府と迎賓館「鴻臚館」
九州を治め、外交と防衛を担う大宰府が置かれ、「遠の朝廷(とおのみかど)」と呼ばれました。博多湾に面した丘には外国の使節や商人をもてなす迎賓館「鴻臚館(こうろかん)」が設けられ、その跡は今の舞鶴公園(福岡城跡)にあります。
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平安 901年
菅原道真、大宰府へ
右大臣だった菅原道真が大宰府に左遷され、2年後にこの地で亡くなりました。その墓所の上に建てられたのが太宰府天満宮で、今も学問の神様として多くの人が訪れます。
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鎌倉 1274年・1281年
元寇(蒙古襲来)
元(モンゴル)の大軍が二度にわたって博多湾に攻め寄せました(文永の役・弘安の役)。最初の襲来の後、海岸に石を積んだ防塁(元寇防塁)が築かれ、西新や今津などに今も残っています。

写真提供:福岡市 -
安土桃山 1587年
豊臣秀吉の「太閤町割り」
戦乱で焼け野原となった博多を、九州を平定した豊臣秀吉が復興させました。このとき整えられた町の区割りに由来する「流(ながれ)」は、博多祇園山笠の単位として今も受け継がれています。
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江戸 1601年〜
黒田長政と「福岡」の誕生
関ヶ原の戦いの功で筑前に入った黒田長政が福岡城を築き、黒田家ゆかりの地にちなんで城下を「福岡」と名づけました。那珂川をはさんで、武士の町「福岡」と商人の町「博多」が並ぶ双子のまちが生まれます。

写真提供:福岡市 -
江戸 1630〜1714年
貝原益軒
福岡藩に仕えた儒学者・本草学者で、健康の心得をまとめた『養生訓』や、筑前の地誌『筑前国続風土記』を著しました。
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明治 1889年
「福岡市」と「博多」― 二つの名前
市制の施行で「福岡市」が誕生しました。市の名前を「福岡」とするか「博多」とするかで議論が起こり、翌年の市会に出された「博多市」への改称案も否決されました。市制と同じ1889年に開業した鉄道の駅は「博多駅」と名づけられ、二つの名前が並び立つ今の姿につながっています。
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明治〜大正 1910年〜
近代都市への歩み
路面電車の開業(1910年)、九州帝国大学の開設(1911年)、博多港の整備などが進み、福岡は九州の中心都市としての基盤を整えていきました。
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昭和 1945年〜
戦災からの復興と政令指定都市
1945年の福岡大空襲で市街地の多くを失いましたが、戦後は急速に復興し、1972年に政令指定都市となりました。山陽新幹線の博多開業(1975年)、地下鉄の開業(1981年)と交通網も整っていきます。
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平成 1989年
アジア太平洋博覧会とシーサイドももち
埋め立て地で開かれた「アジア太平洋博覧会(よかトピア)」を機に福岡タワーが建ち、シーサイドももちの街並みが生まれました。
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平成〜令和 2015年〜
天神ビッグバン・博多コネクティッド
天神地区では「天神ビッグバン」(2015年〜)、博多駅周辺では「博多コネクティッド」(2019年〜)として、規制緩和を生かした古いビルの建て替えが進んでいます。耐震性や環境性能の高いビルへの更新は、私たち設備設計の仕事とも深く関わっています。

写真提供:福岡市
2Places to Visit
名所案内
福岡市内から少し足をのばして、歴史と自然にふれる場所をご紹介します。
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写真提供:福岡市 -

写真提供:福岡市 福岡市博多区
櫛田神社と博多祇園山笠
「お櫛田さん」と親しまれる博多の総鎮守です。毎年7月の博多祇園山笠は、太閤町割りに由来する「流」ごとに男衆が舁き山笠を担いで駆け抜ける勇壮な祭りで、ユネスコ無形文化遺産にも登録されています。境内には飾り山笠がほぼ一年を通して飾られています。
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写真提供:福岡市 福岡市西区・東区
能古島・志賀島・海の中道
博多湾に浮かぶ能古島へは、渡船でおよそ10分。季節の花が丘一面に咲く「のこのしまアイランドパーク」が人気です。志賀島は金印が見つかった島で、細長い砂州「海の中道」で九州本土とつながっています。
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田川市・大牟田市・熊本県荒尾市
田川・三池の炭鉱跡
筑豊・三池の炭田は、日本の近代化を支えたエネルギーの源でした。田川市には竪坑櫓と、「炭坑節」に歌われた二本煙突が残り、山本作兵衛の炭坑記録画は日本で初めてユネスコ「世界の記憶」に登録されました。三池炭鉱の宮原坑・万田坑や三池港は、世界遺産「明治日本の産業革命遺産」の構成資産です。
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写真提供:福岡市
掲載している内容は2026年10月時点の情報です。行事の日程や施設の営業時間などは、各施設の公式サイトでご確認ください。

