立花家は、1620年(元和6年)に立花宗茂が柳川藩主に返り咲いてから、明治初めの廃藩まで柳川を治めました。1738年(元文3年)、5代藩主・立花貞俶のときに柳川城二の丸の機能がこの地に移され、四季の花に彩られたことから「御花畠」と呼ばれるようになります。これが「御花」の名の由来です。明治に伯爵家となった立花家は、1906年ごろから1910年(明治43年)にかけて西洋館や大広間などを建て、屋敷はほぼ今の姿になりました。戦後の1950年(昭和25年)、16代当主の立花和雄と妻の文子が旧伯爵邸で料亭を始め、今も立花家の人々が営んでいます。
見どころ
約100畳の大広間の前には、松に囲まれた池の庭「松濤園(しょうとうえん)」が広がります。仙台の松島を模したといわれ、池には石を組んだ小島が点在し、冬には野鴨が集まります。西洋館は、明治期に賓客を招いて園遊会などを開いた迎賓の館です。1978年(昭和53年)に松濤園と屋敷の西半分が国の名勝となり、2011年(平成23年)に東庭園や家政局を含む屋敷全体へ指定が広がって、名称も「立花氏庭園」に改められました。敷地内の立花家史料館では、歴代藩主の甲冑や婚礼調度、能面・能装束などを見ることができます。
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