アジア太平洋博覧会(愛称「よかトピア」)は、福岡市の市制施行100周年を記念して、1989年(平成元年)3月17日から9月3日までの171日間開かれました。海外から37の国と地域と2つの国際機関、国内から1,056の企業・団体が参加し、入場者は822万9,399人にのぼりました。
海を埋め立てて生まれた会場
会場となったのは、早良区百道(ももち)と中央区地行(じぎょう)の沖を埋め立てた土地です。人口の急増に対応する住宅地の確保などをねらいに1982年(昭和57年)に埋め立てが始まり、1986年(昭和61年)には愛称「シーサイドももち」が決まりました。もとは白砂青松の百道松原が続く浜辺で、埋め立て後に生まれた約1.4kmの人工の砂浜では、1987年から市民の手で松の植樹が続けられてきました。その松原が育ち、今は「シーサイドももち海浜公園」として親しまれています。
博覧会が残したもの
博覧会のモニュメントとして建てられた福岡タワーは、高さ234m。海浜タワーとしては日本一の高さで、最上階の展望室は地上123mにあります。電波塔と展望タワーの役割をあわせ持ち、約8,000枚のハーフミラーに覆われた三角柱の姿から「ミラーセイル」の愛称があります。会期中にテーマ館として使われた建物は、1990年(平成2年)10月に福岡市博物館として開館し、国宝の金印などを収蔵しています。
閉幕後、跡地では本格的なまちづくりが進みました。1996年(平成8年)には福岡市総合図書館が開館し、ドーム球場やオフィス、放送局、住宅が集まる今の街並みが形づくられています。博覧会の翌年、1990年(平成2年)には、アジアとの交流を掲げる「アジア太平洋都市宣言」も制定されています。