政庁は、大宰府の長官である大宰帥(だざいのそつ)が政務や儀式を行った場所です。発掘調査によって、建物は大きく3つの時期に分かれることがわかっています。7世紀後半の掘立柱の建物に始まり、8世紀初めに瓦葺きの礎石建物へと建て替えられました。941年(天慶4年)の藤原純友の乱で焼かれたあとも、ほぼ同じ規模で再建されています。建物は平城宮にならった左右対称の配置で、築地や回廊に囲まれた区画は南北200mあまりに及びました。大宰府が担った役割については大宰府と迎賓館「鴻臚館」で紹介しています。
訪ねるときは
いま地表に見える礎石は、純友の乱のあとに再建された建物のものです。政庁は11世紀後半には役目を失い、礎石だけが残る今の姿になったと考えられています。正殿跡から北を望むと四王寺山(しおうじやま)が見え、山上には665年に築かれた古代の山城・大野城の跡があります。政庁跡のそばの大宰府展示館では、発掘された遺構の一部や出土品、復元模型が公開されています。一帯は1921年(大正10年)に史跡、1953年(昭和28年)に特別史跡に指定され、1968年(昭和43年)に始まった発掘調査で古代の姿が少しずつ明らかになってきました。
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