福岡市

福岡城跡・鴻臚館跡

黒田長政が築いた福岡城の跡で、今は舞鶴公園として親しまれています。石垣や天守台、櫓が残る広い城跡の一角からは、古代の迎賓館「鴻臚館(こうろかん)」の遺構も見つかっています。

福岡城跡の天守台と石垣
写真提供:福岡市

福岡城は、初代藩主の黒田長政と父の如水(官兵衛)が1601年(慶長6年)から1607年(慶長12年)にかけて築いた平山城です。濠を含めた広さは約110万㎡と九州でも有数の規模で、47の櫓があったとされます。明治以降に建物の多くは失われましたが、石垣はよく残り、1957年(昭和32年)に国の史跡に指定されました。築城とまちの成り立ちは黒田長政と「福岡」の誕生で紹介しています。

見どころ

天守台からは市街地を見渡せます。天守が実際に建っていたかどうかは史料がはっきりせず、2025年度から天守台で初めての発掘調査が進められています。江戸時代から残る多聞櫓(たもんやぐら)は国の重要文化財です。三の丸の北西隅にあった潮見櫓(しおみやぐら)は、明治時代に崇福寺へ払い下げられ「月見櫓」と誤って伝えられていましたが、平成に入ってからの調査で棟札が見つかり本物と分かりました。2025年に元の場所へ移築・復元され、部材の約4割に当時の古材が使われています。

城跡の一角にある鴻臚館跡は、1987年(昭和62年)に平和台野球場の改修に伴う調査で遺構が見つかり、2004年(平成16年)に国の史跡となりました。2026年には、使節や商人を迎えた北館東門が復元されています。鴻臚館の歴史は大宰府と迎賓館「鴻臚館」をご覧ください。

掲載している内容は2026年10月時点の情報です。行事の日程や施設の営業時間などは、各施設の公式サイトでご確認ください。

Contact

お問い合わせ

設備設計のご相談・ご依頼、採用に関するお問い合わせはお気軽にどうぞ。